首都大学東京 人文社会学部

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人文社会学部の沿革

 首都大学東京人文社会学部の母体となったのは1949年創立の東京都立大学人文学部で、そのルーツは1929年に旧制府立一中(現・東京都立日比谷高校)内に設立された旧制府立高等学校にさかのぼることができます。
 1932年に目黒区八雲(当時の地名は荏原郡碑衾町)に移転した旧制府立高等学校が、第二次大戦後の学制改革で他の旧制府立専門学校と合併して誕生したのが東京都立大学です。(最寄駅であった東急東横線の駅名は、「府立高等前」→「都立大学」と変遷し、都立大学が八王子市に移転した後もそのままで残っています。)
 1991年の都立大学全学移転に伴って現在の校地八王子市南大沢に移った人文学部は、2005年に都立大学が他の東京都所管大学との合併で公立大学法人首都大学東京に再編された際に都市教養学部人文・社会系となりましたが、2018年から再び単独の人文社会学部として再出発しました。
 人文社会学部は東京都立大学時代からの伝統を受け継ぎ、高い評価と実績があります。少人数教育が特色で、卒業論文の指導では、先生一人に対して学生は10名未満です。教員によるきめかい指導のもと、学生の一人ひとりが高ぃレベルの研究を行います。学びへの探求心が強く、大学院を志望する学生が多いのも特色で、全国の大学に数多くの教員を送り出しています。

東横線「府立高等前」駅(1931年)

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